なつかしの昭和おもひで歌謡曲

高校生は楡の木陰で弾み、中学生は先生に淡い思いを抱いた頃。そんな青春は長い坂を登るようで、たどりつける先はわからない・・・・なつかしい時代の歌を個人的体験に重ね合わせ、勝手(独断)に語ってます。

[ 2008-11 ]

This is my trial 裕ちゃんのホワイト・クリスマス THE PEANUTS “THE BEST 50-50” ベスト30 昭和クリスマス What A Fantastic Night! 〈COLEZO!〉ビクター流行歌 名盤・貴重盤コレクション(6)誰よりも君を愛す~吉田メロディーを唄う~ GOLDEN☆BEST 新・三人娘~天地真理・小柳ルミ子・南沙織~</td>


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浅野ゆう子

すっかり貫禄がつき、迂闊に近寄れない存在になった浅野ゆう子。だてに芸能生活30数年が経つわけじゃないのだ。ときに共演者(だいたい風間トオル)をアゴで使う旅番組などを見ると、迫力つきすぎでしょう。

アイドル歌手としてデビューしたもののブレイクまではいかず、すぐにドラマへシフトした。やがてトレンディ・ドラマでブームを起こす。今でも女優として立派に活動されてるが、どうも接待される立場での旅番組の印象が強いなあ。ドラマにおいても、機嫌悪そうに語るセリフは一級品でしょう、この人。

でも、こんなポジションでいいのだろうか?・・・と、美少女時代を知る者は思ったりもする。まあ、ファンじゃないので泣きませんけど。

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↑カチューシャをいつも着けてたコが、こんなに成長して(笑)。

彼女のデビュー曲『とびだせ初恋』と続く『恋はダン・ダン』までは割りと覚えている。美少女ではあったが、髪型のせいで子供っぽく感じられた。
しかし素材としての彼女は、相当なものだったことをすぐに知る。あどけない顔立ちなのにスラリと伸びた肢体。実に整ったプロポーション。私自身が子供で、まだまだ見る目が幼かったわけだ。

デビュー三年目の昭和51年、筒美京平がジャック・ダイヤモンドという変名で作曲(作詞は橋本淳)した『セクシー・バス・ストップ』は、ヒットしたらしい。(←あまり覚えてない)ディスコ・ブームと呼応したのだろう。言うまでもないけど、先に発売された平浩二の『バス・ストップ』とは無関係。でも「セクシー」な分、こっちの停留所で待ちたい(笑)。(←でも、内容にバス停は出てこない)

元々はインストで発表されていたとのこと。だから、ディスコ・ブームに乗ってヒットした楽曲に、さらに乗っかって歌詞をつけた「ダブル乗っかる」路線ってこと?そして、同路線の『ハッスル・ジェット』、『ムーンライト・タクシー』と続くがまったく覚えておりません、ハイ。(乗り物ばっかり)

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↑ジャケがステキです。

私自身は昭和53年の映画【サタデー・ナイト・フィーバー】で、初めてディスコの存在を知る。ちなみに流行語となった「フィーバー」って、もっぱらパチンコ用語ですね。(すでに死語)

筒美京平の興味はこの時期、ディスコ・サウンドにあったようだ。
先立って、スリー・ディグリーズの日本語歌謡・ディスコ・サウンド(?)の名曲『にがい涙』も発表している。また、後の中原理恵においては『東京ららばい』、そしてタイトルもそのままに『ディスコ・レディ』と繋がっていく。

音楽界においての役割は皆無と思っていた浅野ゆう子だが、『セクシー・バス・ストップ』の果たした役割は、私が無知なだけで思ったより大きかったのかもしれない。(失礼なこと書いてます)
今は声がなんか低音になっちゃって、もう歌の世界には帰ってこないだろうな。別にいいけど。

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↑サイケな書体が時代を感じる・・・。

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藤 正樹

当時、史上最強と謳われた馬にハイセイコーがいる。その名前を借りて「演歌のハイセイコー」というキャッチ・フレーズでデビューしたのが藤正樹だった。

しかし、このキャッチはどうなのだろう。「最強」はイイ。でもそれが「馬」なんて・・・。しかも、馬の方が「歌の世界」でもヒットしちゃうのだ。
だから、藤正樹はなんだか悲しい。そして、少ししょっぱい。

増沢騎手が朴訥に歌う『さらばハイセイコー』は、競馬に興味のない人をも巻き込んでヒットした。だいたい今でも、増沢騎手というお名前がスラスラ出てくる程に覚えている。
   ♪誰のために走るのか 何を求めて走るのか
と、言わすもがなに「感動」を誘う常套手段のフレーズだが、でも感動しちゃう。

そして、♪ありがとう 友よ  さらば ハイセイコー♪ とくくられた日にはハイセイコーのサクセス・ストーリーにすっかり取り込まれている。
(本業が別にあるこの分野では、内藤国雄先生を忘れてはならない)

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↑知ってる曲ばかり。藤正樹は健在らしい。

馬にも負ける藤正樹ではあったが、しかしインパクトにおいてはわれらが正樹も負けてない。(いつから、われらになったのか・・・笑)デビュー曲『忍ぶ雨』なんてしっかり覚えている。
   ♪傘をさす手のか細さが 長い不幸を物語る
     路地の石段 夜更けに耐える~ 

舟木一夫を踏襲する学生服スタイルの元、坊主頭で生真面目さを現していた。でも、紫色の学生服は真面目なのかどうなのか。しかも歌っている内容は、青春ソングとほど遠い。だから、このミスマッチがインパクトになっている。
そのシブイ声と顔立ちはとても高校生のそれじゃなく、存在感をヌメヌメと全身に照からせていたっけ。

感心したのは、二曲目の『あの娘がつくった塩むすび』である。曲はすっかり忘れているが、このタイトルは実にそのまま藤正樹だ。
誠実、純朴、若さと共に時代錯誤があって、それらをミキサーにかけると「藤正樹ジュース」が出来上がる。

でも、このジュースは汗と涙で塩分が濃くて、飲みにくい。けっしておいしいとは言えない。反面、クセになる人にはたまらないのかもしれない。
だから、藤正樹はやっぱり悲しくて、少ししょっぱいと言っておこう。

PS:「スター誕生」な人々でも、少しだけ触れてます。

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↑2000年5月に亡くなりました。

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★藤 正樹 プロフィール
★藤 正樹







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阿川泰子

キラ星の如く輝く、ジャズのスタンダード・ナンバーの数々。知識はあったが、興味はなかった。しかし阿川泰子の登場は、その距離をグッと身近なものにしてくれた。(今回、歌謡曲じゃなくて、すいません)

一時期、父の車内でずっーと彼女のカセットをかけていた。もちろん、父は私の嗜好など知るわけがない。でも、いきなり「ジャズ」とは不可解に思ったことだろう。そりゃ、なんといっても「美人シンガー」という響きに弱かったからだ(笑)。
後に真梨邑ケイ、秋本奈緒美ら、美人ジャズシンガーが登場するが、その先駆けだったのでは。(阿川以前の先達は「美人」の形容詞がつけにくい・・・笑)

ジャケットに写る彼女、それはもう大人の魅力に満ちていた。メディア露出が少ないため「神秘性」もあった。後年、TV番組で、ホストを務める。ところがそれまで、ミステリアスな美人だったが【おしゃれ30・30】の出演によって、アレレ?となってしまうのであった・・・。
ただし、その代わり独特のリズム(?)を持つ方ということがわかる(笑)。この空気感は、いわゆる「お嬢様」に特有のもので、案の定調べるとそうでした。

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↑大人の女性って、感じでした。

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おっとりした口調ながら、たやすく人を傷つける無神経さ。気まぐれだから、人と合わせることもない。しかし、それは生来のもので周りの者は知っているから許される。当人に悪気のカケラなんてない。

・・・でも、そんな人がホストを務めていたのだ。司会の古館伊知郎 は、さぞ胃が相当痛んだことだろう。もっとも、そのコミュニケーションのギャップが、番組を成立させていた節もある。とくに、若かりし頃は「美人」だけでなんでも許せちゃうし。

「ジャズの世界」って知らないが、だいたい周りを見回せば必ず一人は「ジャズ通」が居る。当時、私にも例外でなくそんな輩がいた。コーヒー豆をガリガリと挽き、ブラックでまずそうに飲む彼。「こだわり」そのものが歩いているようなタイプ。知り合いの飲食店のマスターは、いつもまずそうに食べる彼をひそかに「苦虫くん」と呼んでいた。

そんな「苦虫くん」に言わせると、彼女のボーカルはまるでダメという。歌唱力や発音を問われても、英語に疎い私には全然わからない。でも、間違いなく門戸を開いた功績があるのでは。(少なくとも私は開かれた)

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starやはりいいです

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↑歌い方に艶を感じます・・・。

やがて私は東京で、ブラブラと一年を過ごす。そんなある日、「苦虫くん」から突然、電話がかかってきた。就職したばかりの彼の話す内容は、愚痴であり泣き言だった。やはりネガティブすぎる性格は、なかなか社会に適合しにくい。郷里に戻るという。結局、彼とはそれっきりの縁。

しかし、どうして東京に居た私の電話番号を知っていたのだ?わざわざ実家に問い合わせる彼の姿が浮かび上がり、そこにある種の怖さを覚える。そこまでする労力に・・・。
そんな彼には松本伊代じゃなく、阿川泰子が歌う『センチメンタル・ジャーニー』を何十年も遅れた今、勝手に贈ろう。
   <適当な意訳> 
    失恋で旅に出たが、いっこうに忘れられない。
     だからリセットして、新たな幸せを見つけよう! 

これ、若き日を思い出させる嫌がらせだな。あるいは、離婚推奨になっちゃうか・・・。

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アン真理子

どうやら「悲しみ」というやつは、せっかちらしい。「喜び」は後からジワジワ噛み締めたりもできるが、「悲しみ」は駆け足でやってくるという。
アン真理子が、自身で作詞した『悲しみは駆け足でやってくる』によるとそうなる。ただしタイトルを説明する内容はない。まあ、不幸なんて突然襲来する質のものではある。

     ♪明日という字は 明るい日と書くのね
       あなたと私の明日は 明るい日ね~
懇切丁寧な説明で始まるこの曲は、当時相当ヒットした。
似た手法で、後に石野真子が『春ラ!ラ!ラ』を歌うが(♪春という字は 三人の日と書きます~)その色合いは、もちろんまったく違う。「苦悩する若者の愛」を歌う前者に対して、後者は「能天気な喜び」だから、これはもう感情の端と端。まあ、比べることでもない(笑)。

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↑勢いのあった時代は、百花繚乱。

この歌を聴くと「もーれつア太郎」を思い出すのは、私がマンガ少年で単純に時期が重なるからです。赤塚不二夫という人は自作の中によく当時の流行歌が登場して、たとえば奥村チヨなどもそうだった。
そして、その連想ゲームは「ニャロメ」、「全学連」に繋がっていく。

当時は少年マンガ誌のグラビアにも「安田講堂の攻防」が取り上げられていた。それをとりわけ覚えているのは、まだ幼かった私に母が語ったからだ。「大きくなったら、こんなことしちゃダメ!」と。
やがて時代は移り、そんなカケラどころか残滓すら見当たらない。

『悲しみは駆け足でやってくる』がヒットした昭和44年は、新谷のり子の『フランシーヌの場合』もヒットした。この二曲には、どこか似たニオイを感じる。おそらく、物悲しい曲調が共通しているせいだ。そして、芯にはどうにもできない「もどかしさ」が含まれている。

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stars昭和元禄の流行り歌ぢゃ!!

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↑間違いないシリーズ。

それを「権力」を前にした個人の無力、と言い換えることはたやすい。若い二人に対する抵抗勢力(大人)だったり、「フランシーヌ」になると政治色の濃い舞台まで持っていった。
でも、一番思うのは「時代」なのだ。当時のニオイを、とてもよく伝えてくれる。何百万の言葉よりもたった一曲、聴くだけで時代のニュアンスが感じられる。簡単に言えば、人も季節も「若かった」と知ったかぶりだってできちゃう。

ところで、肝心のアン真理子になるとたちまちうろたえる。実は私、まったく記憶にない。曲だけが先行して、歌手の姿が思い出せない。とても特徴ある芸名なのに・・・。たいていヒット曲は、歌手とセットで記憶してるものだが、この曲は私にはそうじゃなかった。調べると、ヒデとロザンナのヒデとコンビを組んでいたそうだが、もちろん知るわけもない。

しかしこんな曲、女性に耳元で歌われた日には恐怖で凍りつきそう・・・。
当時のカップルの間で、これ歌われていたのかなぁ?

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↑この曲「フォーク」なのか、よくわからない。

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★アン真理子(ウィキペディア)







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