なつかしの昭和おもひで歌謡曲

高校生は楡の木陰で弾み、中学生は先生に淡い思いを抱いた頃。そんな青春は長い坂を登るようで、たどりつける先はわからない・・・・なつかしい時代の歌を個人的体験に重ね合わせ、勝手(独断)に語ってます。

[ 2009-01 ]

This is my trial 裕ちゃんのホワイト・クリスマス THE PEANUTS “THE BEST 50-50” ベスト30 昭和クリスマス What A Fantastic Night! 〈COLEZO!〉ビクター流行歌 名盤・貴重盤コレクション(6)誰よりも君を愛す~吉田メロディーを唄う~ GOLDEN☆BEST 新・三人娘~天地真理・小柳ルミ子・南沙織~</td>


↑最新ページはここ

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

山川 豊

たしかに、その要素はデビュー時からあった。だがここ数年、飛躍的に磨きがかかってきて、今じゃ何を言ってるか歌詞の聴きとれないことが多い。
そう、山川豊のことである。鼻声が凄すぎて、もはやお経を唱えているとしか思えない。いったい、これから先どこへ向かうのだろう。

しかし、彼がここまで「濃くなる」とはなぁ。私的には、とても嬉しいかぎり(笑)。存在感としての宮 史郎、立ち居振る舞いでの冠 二郎に続いて、油断できない存在になってきた(笑)。たとえ聴くべき曲がなくても、彼がTVで歌ってると自然に目がいってしまうようになっちゃった。

山川豊 2008全曲集山川豊 2008全曲集
山川豊

EMIミュージック・ジャパン 2007-09-26
売り上げランキング : 68554

Amazonで詳しく見る
by G-Tools
↑彼の曲は二曲しか知らない。でも、そんなの関係ないほどステキなモゴモゴ歌唱(笑)。

山川 豊 ←ダウンロード購入。

ぜひこの個性(?)を大事にしてほしい。そして、こうなったら日本語世界を崩した桑田佳祐の「演歌バージョン」を期待したい。
どんどん突き進んで、歌詞の判別不能な演歌道を極めてほしいのだ。空前にして絶後な道を突き進めば、何か見えてくることもあるだろう。猪木じゃないけど「迷わず行けよ!行けばわかるさ」だ。

山川豊にはもともとナンパなイメージがあって、それは兄貴(鳥羽一郎)が男くさすぎるだけにいっそう強い印象になっている。歌手としては、兄貴が名曲『兄弟船』を持つのに対して、彼は今のところ匹敵するものを持たない。もしかしたら、この先も持たないかもしれない。だがそれは、前述した「演歌道」で十分に補えるだろう。(←あくまでも、その道を私は進んで欲しいらしい・・・笑)

鳥羽一郎全曲集
鳥羽一郎全曲集泉椿魚 吉田旺 穂積淳

おすすめ平均
starsいよ、まってました
starsペンギンゲロォ

Amazonで詳しく見る
by G-Tools
↑兄貴も載せておきます。もしかしたら単独記事書くかも。

今、「演歌道」と書いたが、たとえば平尾昌晃が作曲した『アメリカ橋』なんて青春回顧ソングである。歌手が変われば、全然違った趣きになりそうな曲だ。
同名異曲で、狩 人にもそんなタイトルの曲があった。そういえば、この両者の路線はどことなく似ている。共に純粋な演歌とは言い切れない。

それは「若さ」をウリにしていたせいでもあるだろう。だが、山川豊だってもう若くはないのだ。なんと、すでに50代になっていた・・・。『函館本線』でデビューした時が23歳だから、思えば長いキャリアである。ビッグヒットと呼べる曲がなくても、しっかり芸能界に生き残ってる。やっぱり「演歌」は強いなぁ。

PS:彼が歌うときは、テロップを欠かさないよう各局にお願いしたい。
   つまるところラジオで聴く歌手じゃないってことなのでしょうか(笑)。

青春歌年鑑 演歌・歌謡編-1980年代ベスト-
青春歌年鑑 演歌・歌謡編-1980年代ベスト-オムニバス

おすすめ平均
stars演歌って素晴らしい。
starsとってもお得

Amazonで詳しく見る
by G-Tools
↑日本人なら、演歌だぜいっ。

♪試 聴⇒山川 豊全曲集
♪試 聴⇒北海道ベスト歌謡~歌は北へ流れてicon

★長良プロダクション・山川豊
★山川 豊(ウィキペディア)







にほんブログ村 音楽ブログへ


↑やるせないクリック 埋めた街 角部屋の灯り~(←お願いします)

<広 告>




スポンサーサイト

海援隊

大学に入って最初に住んだアパートは、過半数を学生が占めていた。関西で言う「文化住宅」という名称のアパートである。公私共に忙しかった私は、あまり部屋にいなかった。だから住人との接点は少ない。
唯一、K君とは学部もサークルも違うのになぜか気が合った。

ウェイターのバイト(紙ふうせんの記事参照)を一緒にやったり、寒い晩はどちらともなく誘い合い、近くの居酒屋で湯豆腐をつついたりした。若いときはそんな大人気分を味わいたいのだ。下戸のくせに・・・。

全曲集
全曲集海援隊

おすすめ平均
starsこらえちゃっときない

Amazonで詳しく見る
by G-Tools
↑九州男児だけど、「海援隊」。

そのK君が、武田鉄矢そっくりだった。パッチリした二重瞼、なのに、けっして二枚目には思えないパーツの配置。そして三頭身にも思える体型。まったく褒めてないけど(笑)。でも、かなりヒューマンで面倒見が良い性格まで似ていた。

後にお互い転居する際、一軒家を借りて共同生活しようか、という話までしたものだ。(けっして変な関係じゃありませんよ)後にナイナイの岡村を見たとき、K君を思い出した。すると、武田鉄矢と岡村は私の中では同系なんだろうか?

その武田鉄矢率いる「海援隊」が、『母に捧げるバラード』で出てきたときは、しかし何ほども思ってない。まだ中学生男子で、この歌の世界は一番縁遠い立場にあるのだ。後の『あんたが大将』、『思えば遠くに来たもんだ』、『JODAN JODAN』、そして『贈る言葉』のヒットもとくに思うことはない。

大学のサークルの後輩H君は、彼らの二枚組みアルバムを持っていた。そのアルバムをプレゼントされた私は、はじめて「海援隊」を通して聴くことになる。まあ、それほど嬉しくもなかったけど(笑)。

3年B組金八先生 THEME SONG COLLECTION(DVD付)
3年B組金八先生 THEME SONG COLLECTION(DVD付)海援隊 武田鉄矢 瀬尾一三

おすすめ平均
stars裏切ることの無い珠玉のアルバム
stars四半世紀にわたる「3年B組」の主題歌集です。

Amazonで詳しく見る
by G-Tools
↑この世代じゃないので思い入れはないなぁ。

今、武田鉄矢といっても「金八先生」像が強烈すぎて、歌手イメージは希薄だ。とくにモノマネの果たした影響は大きく、当時この番組を見てない私にもそのキャラは浸透している。

ところで冒頭で書いた「鉄矢そっくりのK君」だが、卒業後まったく消息を知らなかった。先日、たまたまネット検索をしていたら、変わった苗字なのでヒットした。なんと、彼は某社の社長になっていた。冷静に考えれば、私世代はもうそんな歳でもおかしくないのだ。

でも、あのK君が社長とは・・・。「友がみな われよりえらく見ゆる日よ」を通りこして、実際に偉いのだから。なんか根拠のない「やられた感」と、祝福の気持ちが交差して・・・。

ベスト・コレクション~漂白浪漫/心をこめて回天篇
ベスト・コレクション~漂白浪漫/心をこめて回天篇海援隊

おすすめ平均
starsこの時代の海援隊をぜひ

Amazonで詳しく見る
by G-Tools
↑元々、役者に向いてた人なのでは・・・。

♪試 聴⇒海援隊ベスト・コレクション~漂泊浪漫/心をこめて回天篇icon
♪試 聴⇒海援隊ライヴ・アンコール~廻り舞台~icon
♪試 聴⇒フォーク&ポップス AGE45+icon

★海援隊公式サイト







にほんブログ村 音楽ブログへ


↑今も聞こえる あのクリック音~(←お願いします)

<広 告>
Sony Music Shop



昭和42年冬~出初め式と漫画家

「ボク、大きくなったら何になりたいの?」
突然ハッピ姿の見知らぬおじいさんに尋ねられた。
私は元気よく答えた。「漫画家!」

おじいさんは、信じられないモノを見たような顔付きで言葉が続かない。
手をひいていた父からも、動揺した感触が伝わってきた。まるでいけない言葉を吐いたようで、その場の雰囲気はたちまち凍りついたのであった。
それは、消防出初め式での出来事。まだ東京の出初め式が晴海で行われていた頃のことである。

実際、当時は漫画家に市民権などなかった。おそらく明治生まれと思われるおじいさんには想像を絶する答えで「博打打ち」と同義語なのだ。それは、昭和生まれの父にとっても似たようなものだと思われる。

青春歌年鑑 1967
青春歌年鑑 1967オムニバス

おすすめ平均
starsDISC 2が全曲GSなのはかえってマイナスでは・・・
starsGSだけじゃないよ!
starsグループ・サウンズ全盛期のヒット・メドレー!
starsグループ・サウンズ全盛期のヒット・メドレー!

Amazonで詳しく見る
by G-Tools
↑そして、GS全盛時代になるのです。

出初め式はまるで覚えてないが、この一件はしっかりインプットされている。
同時に周りの情景も浮かぶのだ。寒風の中、広大な敷地をそぞろ歩くたくさんの人々の姿。そしてそれはそのまま「北風」という単語に繋がっていく。目では見えない「北風」という単語こそが、この場にピタッと収まるのだ。

連想ゲームじゃないけれど、♪たき火だ たき火だ おち葉たき~ の曲に続くわけで、♪北風ピープー ふいている♪ のだ。単純だが、「火」と「北風」でそんな思いにとらわれる。でもこの出来事を強く印象付けているのは、その単純さゆえにある。それと「異形」なおじいさんのハッピ姿も。

おそらく、おじいさんはもういない。父もいなくなった。そして、思う。
あのとき、広場に居たたくさんの人々もすでに半分近くがいないのでは、と。
叶わなかった幼児の夢と共に、たくさんの人たちを「北風」はさらっていったのだ。やっぱり「北風」は、冬にふさわしく「厳しい」のだって。(←ムリムリな比喩・・・)

この件がいつだったか、実は漠然としていた。そんな中、唯一手がかりになったのが「音楽」である。
その頃、山本リンダがいつも困っていたのだ。デートに誘われ困っていたし、手紙が来て困っていた。ママに聞いても何にも言わずに笑っているだけらしい。
調べると、この曲は昭和41年とのこと。だからこの件は、おそらく翌昭和42年の正月風景なのだ。音楽の持つ力をまたひとつ、感じましたよ。

NHK映像歌年鑑 1966・67年 ~そういえばあの時この歌~ [DVD]NHK映像歌年鑑 1966・67年 ~そういえばあの時この歌~ [DVD]
趣味

コロムビアミュージックエンタテインメント 2007-01-24
売り上げランキング : 81157

Amazonで詳しく見る
by G-Tools
↑懐かしき風景と音楽。やはりこれはセット物ですね。

♪試 聴⇒青春歌年鑑’67 BEST30icon
♪試 聴⇒青春歌年鑑 ’66 BEST30icon

★1966年の音楽
★出初め式






にほんブログ村 音楽ブログへ


↑困っちゃうな クリックくれなくて~(←お願いします)

<広 告>




上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。