なつかしの昭和おもひで歌謡曲

高校生は楡の木陰で弾み、中学生は先生に淡い思いを抱いた頃。そんな青春は長い坂を登るようで、たどりつける先はわからない・・・・なつかしい時代の歌を個人的体験に重ね合わせ、勝手(独断)に語ってます。

[ 2017-10 ]

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昭和51年冬~年賀状とラブレター

高校の頃、年賀状配達のアルバイトをした。しかし、どうして始めたのかよくわからない。その前に変わったアルバイトもしたが(いつか書きます)、動機はこづかい欲しさだ。
ところが、郵便局のこのバイトにさしたる動機はない。ふとした気まぐれだったのか。しかし、後にこれは「運命」だったと思うことになる。

年賀状のバイトは仕分けの内勤と配達の外勤に分かれるが、内勤は女性、配達は男性にだいたい決まってる。当時は高校生が主力で、今と違って雪もたっぷり降ったものだ。
ある日、配達を終えて帰局すると、仕分けの中に見知った女性を見かけた。中学時代の同級生で今は学校が違うため、ほとんど顔を合わせないコだった。

彼女はたいへんモテたコで、私の友人たちが何人も熱をあげていた。私はなぜかウマが合ってよく一緒にはしゃいだのだが、その時は何も思っていない。
ところが、この出会いが突然、私の体内の血流をヒートアップさせた。多感な時期は、ちょっとしたことで興奮するのだ(笑)。
これこそ「運命の出会い」だと、一人勘違いがスタートする・・・。

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↑そりゃ、この時期の歌は、イヤでも覚えてる・・・。

いろいろ考えた。すでに局の帰りを待ち伏せて、告白することは決めていた。
問題は内容である。当時、ユニークこそがポリシーだった私は、二通のラブレターを考えた。一通はオーソドックスな内容。そしてもう一通は、罵詈雑言で埋め尽くした手紙。そして手渡すとき、相手に選んでもらうのだ。後者を選ばれたら、その時点で「赤い糸」がなかったとあきらめる・・・。

「運」でことを運ぼうと思っていたのだ。実に消極的というか失礼というか・・・。さすがにこれはダメだろうと思い直す。結果、気恥ずかしさが先にきて、たった一文字「好」という文字を紙に大書して封入した。
まだ「愛」じゃないな、と冷静に考えたのだ。ただし、その「好」という文字には仕掛けを施した。マジックでゴシック調に太くなぞったが、その中に鉛筆で細かな文字を書き込んだのだ。

やがて決行当日がきた。冬の夕方は日が暮れるのも早く、とうに街は夜の帳が降りていた。
雪道をバスから降りた彼女が歩いてきた。ズン、ズン、近づいてくる。「あ、ち、ちょっと話があるんだけど・・・」引き止める私に、<恋愛マスター>な彼女はニッコリ微笑む余裕顔。もうこの時点で、野球なら5回コールド、10VS0の完敗なのであった。

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↑レコード大賞は『北の宿から』だった。

恥ずかしがりやながら硬派を気取った私は、単にラブレターを渡すのを良しとはしなかった。いや、むしろ告白こそが王道で、ラブレターなどというものは女々しいと考え直していた。そんなことから、アセる私が思わず口走った言葉が、「お、お、俺から言おうか!」
正しくは(ラブレターを渡すよりは・・・)という前置きがつくのだが。

これじゃ、「君は俺のことが好きなんだろう。けれどここは俺から言うよ」に聞こえてもおかしくない。中学時代のつきあいぶりがあって、まるっきり勘違い男に思われたかもしれない。それでもなんとか告白を終えて、現状認識だけは行った。「今、つきあってる人いるの?」

自分の魅力をわかっている彼女は、その武器をしっかり込めて「ううん」と愛らしく首を振った。そして明後日の同じ時間に、またここで返事をもらう言質を取ったのである。やっと解放の時間がきて(←人質みたいな心持ち)帰りかける私に、彼女はさらなる武器を畳み掛ける。私が手にするラブレターを目ざとく見つめ、「それ、見たいもん」

(もう、決まりでしょう。これにて一件落着!)その晩、私はベッドの中で何度も何度も反芻していた。今彼はいない、ラブレターを見たがった、どう考えても断る理由が思いつかない。まだ冬だが、一足早く春がやってきたのだ、と。

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↑今となれば、すべてが懐かしい。

しかし、一人よがりな私はすぐに次の問題を抱える。それは彼女の名前が、母と同名だったこと。もしこのまま結婚に至ったら、どうしようって。(←まったくバカ)
もちろん私の目論見は、「今、つきあう気ないんで・・・」のひとことで、いとも簡単に崩れ去るのだ。相手の立場にたって断りの理由まで考えていた(つもり)が、たった一言で片付けられちゃった・・・。

その正月は初めて家以外の場所で過ごすのだが、いかに年賀状配達がたいへんか身をもって知る。それまで朝早いのも雪道も辛かったが、この件の翌日はなぜかなんともなかった。まさに「やけくそパワー」がいかんなく発揮されたのかなぁ。逆説的なのは残念だが、「恋の力」って偉大ですねぇ・・・。(負け惜しみ)

後に大学生となった私は同じ下宿(アパート)の者にこの件を話す。そのとき彼が言った言葉で、いかに私はお子様だったか実感したものだ。
「そりゃ、面白いよ。でも、恋愛の始まりに面白さなんていらないさ。・・・相手の側で考えろよ。そんなラブレター、貰って嬉しいか?」

※昔々、そんな高校生がいました。おそらく全世界でこんなことが繰り返され人類の歴史は作られたのかもしれません・・・(って、そんな大げさなことか)。


PS:「思い出の夏シリーズ」から今度は「冬」です。
              ■シリーズ記事 ●昭和46年夏~海とラーメン
                         ●昭和52年夏~アイドルとエルビス

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★1976年の音楽(ウィキペディア)







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コメント

パチパチパチ♪

・・・いやぁ、いいお話でした☆

『成就するだけが恋愛ではない』ってなものでありましょうか?
失恋があるからこそ、名曲と呼ばれるバラードソングが生まれるのかもしれませんね☆ (^^)
day 2007-12-2419:38
name ぶるじん
trip -
url

編集 ]

辛い話も過ぎれば大笑い

あまりに私的すぎる上に「音楽」とかけ離れた内容・・・。でも、見事にぶるじんさん、バラードに繋げて頂いてありがとうございます。
おかげで、拙ブログに書いたかいもあったというもの(笑)。かくして、私はどんどん恥をさらしていくのです・・・。
day 2007-12-2517:13
name メロオ
trip -
url

編集 ]

エピソードを…

…興味深く、楽しく読ませていただきました。
自分もそんなところがちょっとあったりするので、なんとなく同感する部分もあったりしますが、なかなか自分をさらけ出すとなると難しく、そこが、人間として、自分の小さなところかなぁ?と思ったりします。
なんでもかんでもさらけ出して、“KY”になるのもちょっとこまりますけどね(笑

そんな1976年、ウィキペディアにも項目があるこの歌を
http://www.youtube.com/watch?v=BQqhqbv8E30
伝書鳩『目覚めた時には晴れていた』
これは、多分16年程前の19××年でやっていたものと思われます。
メインで歌っているのが、山口さん、コーラスをはもっているのが『はいからさんが通る』の関田さんだと思います。
とよひささんは、多分、一緒にはもっていると思いますが…
day 2007-12-2818:44
name Gemini...
trip dCi033Ww
url

編集 ]

1976年の曲

あきらかに、“KY”だった私です(笑)。こんな話、書けばいろいろありますが、その第一歩がこれだったようで・・・。
まあ、うまくいったこと書いても、読む側からすればつまらないですしね(←負け惜しみ)。

『目覚めた時には晴れていた』
初めてまともに聴いたような気がします。よく行く店のBGMは、懐かしい歌謡曲ばかりかかってるのですが、やはりそこでも最近聴きました。しかしこの曲、1976年ですか・・・。その頃の曲は鮮明に覚えているはずなのに。
day 2007-12-2820:57
name メロオ
trip -
url

編集 ]

面白いじゃない

この話は面白すぎます。
人の恋愛話なのに…
郵便局の集荷をした事がありますが、一週間しかもたなかった。
もう郵便局はこりごりです。
day 2008-04-2211:43
name 毎日がYukiYuki
trip TY.N/4k.
url http://blog.goo.ne.jp/1953muon

編集 ]

いつも恥ずかしい

「恋愛話」にすら届いてないのが、無念です(笑)。
でもまあ、誰でもこんな経験あるでしょう、きっと・・・。

「若さとは恥かしい季節」と言うけれど、私は年代に
関係なく恥ずかしいことばかりですよ(笑)。

郵便局のバイトは優秀(?)だったせいか、正月シーズン
過ぎても休日にやらないかと電話かかってきましたねえ。 
day 2008-04-2220:10
name メロオ
trip -
url

編集 ]

クレージーホース 円楽さんが・・・

・・・お亡くなりになりましたね・・・、ここにご冥福、お祈り致します・・・<(_ _)>・・・、
振り返れば「笑点」・・・、このメンバーが最高でした私、まだ子供でしたが・・・(^^ゞ・・・。
http://www.youtube.com/watch?v=jMbQ8bv_MIo&NR=1

円楽さん・・・、やはり怒るより怒られる方が似合ってました、伸介さんに・・・(^o^)・・・。

・・・ではこの方にふさわしき曲を・・・(^-^)・・・。
http://www.youtube.com/watch?v=Zqu3RxRyqTg&feature=player_embedded
day 2009-10-3023:01
name
trip -
url

編集 ]

たしかに王子さま・・・

・・・でしたね。
しかし今年ほど、なじみある方々が亡くなる年はないのでは。
時代の変わり目には、こういうことが起きると言うけれど・・・。

謹んでご冥福をお祈り申し上げます。
day 2009-10-3023:13
name メロオ
trip -
url

編集 ]

また昭和が

三遊亭圓楽師匠の訃報が飛び込んできました。
笑点には、第1回からずっと出演され、談志師匠との対立や落語に専念のための卒業などで、何度か抜けてはいましたが、3代目司会者、三波伸介の急逝後、司会として復帰し、その後、病に倒れるまで23年もの間、司会をしていました。
まさに、歌丸師匠とともに笑点の歴史そのものといっていいのではと思うほどです。
樟さんのあげたOP映像を見るとこの時期が笑点の全盛期だったと思われます。
確か、少年マガジンの表紙を飾っていたこともあるよう記憶しています。
そして、OPを見ると、小圓遊師匠、三波さん、そして圓楽師匠と亡くなった方が3名いる、そういう意味では時代を感じます。
しかし、圓楽師匠の存在は、これからも笑点、そして、落語界にずっと残っていくものだと私は思います。
改めて、5代目三遊亭圓楽師匠のご冥福を心よりお祈り申し上げます。
day 2009-10-3110:41
name Gemini....
trip dCi033Ww
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